≪2013年は「第62回神宮式年遷宮」≫

     平成25年9月15日(日)〜9月16日(月)


〈あらすじ〉

伊勢神宮 (2013年 二十年に一度の「式年遷宮」)

今回の伊勢旅行の予定
9/15 22:00〜23:00 横浜出発(建ちゃんの愛車プリウスで)
9/16 早朝(夜明け前)、伊勢に到着
    夫婦岩・伊勢神宮(外宮 内宮)・別宮・おはらい町(ぶらり食事)
    夜中、横浜に帰る
*伊勢神宮 第62回式年遷宮(二十年に一度 今年2013年はその年にあたる)

「神宮式年遷宮」(ジングウシキネンセングウ)
  伊勢の神宮では二十年に一度
  社殿を始め神々のお側近くにお納めする御装束神宝(オンショウゾクシンポウ)に至るまで
  すべてを新たに造り替え
  大御神に新殿へお還りいただく大祭「式年遷宮」が千三百年にわたって行われています
   ・遷御(センギョ)の儀は、10月初旬
   ・遷御の儀とは、御神体を旧殿から新殿へ移す儀式、遷宮行事の中核神事

 《参加者 : 幸ちゃん 瑞ちゃん 綾ちゃん 建ちゃん 計四人》


≪旅日記≫

+ 9月15日(日)

建ちゃん、強い雨脚で4時頃目を覚ます。
とうとう台風の影響で雨が降り出したと思いつつ、窓を閉めてまた寝る。
いつものように7時に起き、いつものような朝の動きをする。
ちょっと違うのは、テレビのほとんどの番組が台風18号の件が中心である事である。

現在の位置、勢力、予想進路が映し出され、和歌山県の串本や三重県の尾鷲からの中継が多い。明日の午前から午後にかけて東海か関東に上陸するらしい。
台風や前線の影響で今日も明日も九州を除き日本全国雨。明日の午後あたりから西から雨はあがってくるとのこと。
横浜は今日明日とも雨。明日未明から一日中大荒れ、明後日は晴れ。
伊勢は既に大荒れ、明日の午前中まで続く。午後からは曇りそして晴れ。

建ちゃん、当然の如く、今日の夜出発する伊勢旅行は中止になると思っている。
でも、天気が急に好転することも考え準備だけは済ませた。

14時35分、幸ちゃん(この旅行の発案者)より連絡あり、22:30横浜集合との事。
建ちゃん、意外な展開にビックリ。

 22:00 建ちゃん自宅を出る
 22:30 待ち合わせ場所へ
 23:00 横浜出発
 23:30 東名高速横浜インターを通過
運転手は建ちゃん、助手席に幸ちゃん、後ろに瑞ちゃんと綾ちゃん。
ナビを、三重県にある二見興玉神社(夫婦岩)にセットする。

          

          <写真:夫婦岩>

+ 9月16日(月)

現在の天気、曇り(日中晴れている時もあり暑いくらい)風わずか。
順調に進み、最初の休憩地「浜名湖SA」の前までは、ほとんど雨も降らず走れたが、この浜名湖SAでは少しばかり強い雨・風になっていた。
でも、まだ台風という感じではない、これから増々台風に近づいていくので油断は禁物ではありますが・・。
台風は、今日9時頃、静岡県に上陸するらしい。

神奈川県、静岡県、愛知県、三重県に入る。今までは順調(100q/h前後で走行)。
四日市インターを過ぎ、亀山ジャンクションからの新名神高速道路は台風の為通行止め。
我々は東名阪自動車道・伊勢自動車道なので動いているが、とうとう50q/h規制がかかる。
雨も降り、風も強くなり時より突風が吹く。慎重な運転になる。でも待機する程ではない。
浜名湖SAから休むことなく、伊勢インターを降りる。

ここから一般道を走る。朝5時少し前、車をほとんど走っていない。
まったく初めての道、注意して進むが、いくつもの川があり、田んぼもある。少ないが住宅もある。
道路は何とか走れるが、周りをよく見ると、何と、田んぼは水浸し、川の水もすこぶる多い。
走っている我々の道路よりも、水の高さの方が高いところが何か所もあり、何とも奇妙な面持ちであり、怖さを感じる。

何はともあれ、5時半頃、夫婦岩に到着。
あまりにも、ここまで予定通り順調に進んでいることに、建ちゃんビックリ。幸ちゃんは当然の顔をしている。
本当に不思議ですね。ほぼ予定通り、夫婦岩に着くなんて・・。

       

         <写真:二見興玉神社の入口>

「夫婦岩」
外は大荒れ、雨も風も大変強い。
二見興玉神社(夫婦岩は ここの境内から眺める)の駐車場に入れようと思うが、勘違いしているようで、何故かよくわからない。
(後でわかるのでありますが、土留め板や、土嚢が積まれた、奥が神社の駐車場でした。)

ここまで来たなら、夫婦岩を見るだけ見ないと思い、20m程先の岸壁までいってみるものの、波が高く、はっきりした位置もわからず、ただただびしょ濡れになって戻ってきた。
みんなで、波が高いから見えないと、慰めるしかない。
それもそのはず、台風が順調に進んでいるのであれば、今頃このあたりが台風の中心に一番近づいているはずである。
天気が良ければ、夫婦岩の向こうの海から朝日が上がるところが見えていたはず。残念。

ナビを、外宮にセットする。
伊勢市駅近くのファミリーマートで、瑞ちゃんと綾ちゃんは雨合羽を購入。

  <写真左:外宮「火除橋」  写真中:「手水舎」  写真右:「表参道」>

<伊勢の神宮>
<豊受大神宮(外宮)>   トヨウケダイジングウ(ゲクウ)
 【食物・穀物を司る神である豊受大御神がお祀りされています
  内宮創建から500年後に伊勢の山田原にご鎮座された
  『衣食住をはじめ あらゆる産業の守り神』です】
 参拝時間 : 9月(5:00〜18:00)
 住所 : 伊勢市豊川町279

一般車の駐車場に止め、表参道へ歩き移動する。現在の時刻6:35。
参拝者は少なく我々を入れて10名程度、まずは火除橋を渡り手水舎へ。ここで手を洗い口をすすぎ心身を清めます。
最初に驚いたのが、第一鳥居が真新しい白木になっていることです。周りにある灯籠も真新しい白木になっています。
式年遷宮とは、一つ一つが新しくなるんだなと思った。
でも、真新しい白木には建ちゃん、ちょっとばかりがっかり、やっぱり新しいものより年月がたったものの方が趣がありますね。

  <写真左:神楽殿の前・正面右奥に御正宮
   写真右:灯りがついている「神楽殿」>

第二鳥居をくぐり、右手の神楽殿を見、多賀宮を見るため左に折れる。
ここには、多賀宮(タカノミヤ)、風宮(カゼノミヤ)、土宮(ツチノミヤ)が、あります。
少しだけ上がったところに、左側に風宮、右側に土宮があります。そこから石の階段を100段程上ったところに、多賀宮があります。
多賀宮の右隣には、すでに真新しい白木の多賀宮が建てられています。この多賀宮も遷宮がこれから行われることがわかる。
よく見ると、多賀宮も風宮も土宮も、真隣が空いている。ここが遷宮するところなのだなと思った。

  <写真左:風宮から多賀宮へ
   写真中:別宮「多賀宮」  写真右:別宮「土宮」>

伊勢神宮といえば、内宮、その御正殿の隣に新しく社殿が建てられ、二十年に一度遷宮される。このことは、よく報道されるので、なんとなくではあるが、わかっていた。

でも、大変なことですね。そして凄いことですね。
内宮も、外宮も、別宮も、何か所あるかわかりませんが、二十年に一度の遷宮にはびっくりです。

さて、いよいろ、御正宮です。
どれほどの敷地があるのかわかりませんが、完全に囲まれていて内部をうかがい知ることはできません。西隣には、新しい社殿ができています。
でも、この新しい社殿も、うかがい知ることはできません。

       

         <写真:外宮「御正殿」>

入口に、これ以上中では写真を撮ってはいけませんと掲示されている。
このこと自体は、神社仏閣には、よくあることなので驚きませんでしたが、その位置が建ちゃんが思ったことと少しばかり異なっていました。
建ちゃんは、門構えの少し先の何となく囲まれているところまで写真OKで、その中は拝観料を払って見るだけ(写真はNG)と勝手に思い、カメラを構えると監視員の方に即座に諌められ、カメラをバックに入れました。
すると、別のお参りされる方が、ちょっとした祭壇の前で「二拝二拍手一拝」を丁寧にして、お参りしています。
何と、何と、これ以上は中には下々の者は入っていけません。建ちゃんビックリもしましたが呆気にとられました。
知らないということは凄いことですね。でも、なんとなく恥ずかしかったです。

気持ちばかりのお賽銭を入れ、気持ちを込めて「二拝二拍手一拝」をしました。
すると、風が強くなり目の前の幕が揺れ中が見えます。幸ちゃんが写真を撮ろうとしますが、瑞ちゃんに止められています。
建ちゃんも写真を撮ろうと思いますが、監視員の方が睨んでいるので、知らんふりするしかありません。

       

      <写真左:神楽殿で雨宿り(1)  写真右:雨宿り(2)>

そうこうしている間に、さらに風が強くなり大粒の雨が降り出しました。急いで神楽殿の前にある受付の庇の下で雨宿り・・。

幸ちゃんと瑞ちゃんと綾ちゃん何やら悩んでいる。でも、買いました。御朱印帳(幸ちゃんは、この前買った御朱印帳を忘れたらしい)
ちょっと小さめでしたが、御朱印が押され今日の日付を毛筆で書いてもらっています。いい記念にはなりますね。建ちゃん、御朱印帳には興味がありません。

15分程雨宿りをして、帰りは北御門鳥居をくぐり火除橋を渡り駐車場へ。ナビを内宮へセットする。

<お伊勢さん>
 【「お伊勢さん」「大神宮さん」と親しまれる伊勢の神宮は
  ただ「神宮」というのが正式な称号です】
 【お伊勢さんは
  天照大神(アメテラスオオミカミ)をお祀りする皇大神宮(コウタイジングウ)と
  豊受大御神(トヨウケノオオミカミ)をお祀りする豊受大神宮(トヨウケダイジングウ)を
  御正宮(ゴショウグウ)として
  十四の別宮(ベツグウ)と百九の摂社(セッシャ) 末社 所管社
  合わせて百二十五の宮社から成り立っています】
 【別宮は御正宮とかかわりの深い神を祀る格の高いお宮で
  二十年ごとに行われる式年遷宮も御正宮に続いて行われます】
 【摂社は延喜式神名帳(927年)に
  末社は延暦儀式帳(804年)に記されている神社で
  所管社は御正宮や別宮に直接かかわりがあり
  井戸や酒 米 塩 麻 絹など衣食住を司る神々が多く祀られています】

  

    <写真左:皇大神宮(内宮)の入口  写真右:びしょ濡れの宇治橋>

<伊勢の神宮>
<皇大神宮(内宮)>   コウタイジングウ(ナイグウ)
 【皇室の御祖先の神である天照大神がお祀りされています
  垂仁天皇の26年(紀元前4年)に 神路山・島路山を源とする五十鈴川の川上に
  ご鎮座された『日本人の氏神』です】
 参拝時間 : 9月(5:00〜18:00)
 住所 : 伊勢市宇治館町1

宇治橋の前の内宮駐車場へ。30台ほどの車が駐車しているが、まだ沢山の余地あり、強い雨になり、しばし車内で休憩。
すると、若い男性諸君、バリッとスーツを着こなし進む人。洗面所で綺麗にして白装束に着替える人。さまざまであるが、感心する。

少し小雨になり、四人は外へ。そして、宇治橋へ。現在の時刻 8:00。
宇治橋を渡ろうとすると、警備員の人に呼び止められ「今日は雨風とも強いので宇治橋の上は滑りやすく危険ですので、端を歩かず、真ん中を歩いて下さい」と注意される。
建ちゃん、宇治橋の上から濁流が流れる五十鈴川を撮ろうと思うが、カメラが落ちそうになりあわてました。危険、危険。

<宇治橋>
 【聖界と俗界との架け橋といわれる宇治橋は
  五十鈴川に架けられた全長101.8mの純日本風木造反り橋
  宇治橋の外側内側に立つ鳥居は
  外宮内宮それぞれの旧御正殿の棟持柱(ムナモチバシラ)が使われています】

  <写真左:神楽殿で御朱印をいただく
   写真中:白木の第一鳥居  写真右:五十鈴川御手洗場>

洒落た宇治橋を渡り、砂利道を歩くが雨風が強くなり見えた建物へ避難。休憩所のようであるが、まだ開いていない。
大きく出た建物の庇の下で雨宿りをしていると、他の人たちも雨宿りに来た。
すると、風が強くなり、目の前の大きな木の上からニワトリが落ちてきた。ビックリ。
7〜8匹のニワトリが集まってきて、雨をしのぐところを探している。気の毒だね。
1匹のニワトリが、店舗の荷台の上で、じっとしていると。まるで置物の様です。

8:30になり、休憩所が開き中で座って休む。9時頃には、台風は静岡県の浜松あたりに上陸するはずだから9時まで休もう。
でも駄目でした。9時なっても雨風は弱まらず、写真展などを見て時間をつぶす。9:20頃雨風が少し弱まったので四人歩き出す。
火除橋(ヒヨケバシ)を渡り、手水舎(テミズシャ)で心身を清め、真新しい白木になった第一鳥居をくぐり、五十鈴川御手洗場(イスズガワミタラシ)で気持ちだけ五十鈴川の清流で心身を清め、真新しくなった第二鳥居をくぐり、神楽殿(カグラデン)の一角にある神札授与所へ。

参拝客は、まだまだ少なく見渡して見える人は20人程度。神札授与所には我々四人だけ、ここで御朱印帳に御朱印と日付をいただく。
こんなことをやっていると、少しずつ参拝客が増えてきた。
再び歩き移動する。すると強い風が吹くと同時に、「ドスン」と大木の枝が折れて落ちてくる。これにはビックリ。みんなで顔を見合わせてしまいました。

     <写真左:この階段の先が新「御正殿」
      写真中:この階段の先が現「御正殿」
      写真右:「遷御の儀」の準備が進みます>

御正殿(ゴショウデン)、西隣に新御敷地(シンミシキチ)が現れる。
外宮の御正殿・新御敷地は外から平らな所にありましたが、内宮の御正殿・新御敷地は階段の上にあります(50〜60段の石段)。
御正殿の階段にも、新御敷地の階段にも屋根をかける工事が行われています。
(遷御の儀の時に雨が降っても無事に行われる為の雨対策)
(遷御の儀は10月2日午後8時から行われ、御正宮は、現在の御正殿から階段を下り、砂利道を歩き、新社殿の階段を上り、御白石が引き詰められた新御正殿に移される。)
砂利道の反対側には、白木で桟敷席が既に準備されている。

カメラを撮ることができるのは、御正宮に上る階段の手前まで。
建ちゃん、階段を上り、気持ちばかりのお賽銭を入れ 二拝二拍手一拝(ニハイニハクシュイッパイ)で感謝の気持ちを持ってお参りする。
そこから、見えるものは、凄い。心に響く、けして煌びやかなわけではない。でも、凄い。何故か心があらわれる感じがする。

やっぱり「お伊勢さま」は凄い。
ただただ感心するばかりである。日本人なら嫌いな人はいないはず。
来てよかった。本当に来てよかった。

  <写真左:着々と進む内宮の新「御正殿」
   写真右:この階段の先が新「御正殿」>

<皇大神宮(内宮) 御正殿>
 【唯一神明造という日本古来の建築様式 屋根は萱葺き10本の鰹木(カツオギ)がのせられ
  先端が水平に切られた4本の千木(チギ)が高くそびえています】
 【外宮の御正殿は 9本の鰹木がのせられ先端が垂直に切られています】

我々下々の者たちは、ここまで。

一番近くでお参りできるのが、天皇陛下。そして、皇后陛下、皇太子と続く。
天皇陛下は、車で宇治橋を渡り御休憩所で降り一人で歩いて来て、お参り、戻る。
御休憩所に天皇陛下が戻られたら、皇后陛下が一人で歩いて来て、お参り。
総理大臣は中に入ることができるが、入るところから違うらしい。天皇陛下は正面から入り、総理大臣は脇から入るらしい。

建ちゃん、後ろ髪を引かれる思いで 御正宮の階段を下りる

<別宮のあれこれ>
 【荒祭宮(アラマツリノミヤ)は 数ある内宮の別宮の中でも最も格式の高い別宮
  天照大神の荒御魂(アラミタマ)をお祀りしています
  困った時に助けて下さる神様 長生きさせてくださる神様と
  地元では昔から信仰が厚いお宮です】
 【多賀宮は 外宮の別宮の中では最も格式の高い別宮です
  荒祭宮と多賀宮は御正殿と同じ年(2013年)に遷宮が行われます】
 【別宮は十四あり 皇大神宮別宮は荒祭宮・風日祈宮・月読宮・月読荒御魂宮・
  伊佐奈岐宮・伊佐奈弥宮・倭姫宮・瀧原宮・瀧原竝宮・伊雑宮
  豊受大神宮別宮は多賀宮・風宮・土宮・月夜見宮がある】

  

  <写真左:新しい「外幣殿」  写真右:正面階段の上に新旧の「荒祭宮」>

荒祭宮へ。
途中、「右:正宮 左:荒祭宮」の立て看板があるところを、荒祭宮方面へ歩く。
あちらこちらに、大木が沢山あるのであるが、ひときわ大きい大木がそびえたつ。
何とも、この一帯は、素晴らしい。手入れするのも大変だろうなと思う。
この頃になると、かなり小雨になる。
真新しい白木になった外幣殿(ゲヘイデン)などを眺め。新御敷地の裏側に出て、左に折れ、長い階段を下りる。平らになって少し歩くと、正面に新旧の荒祭宮が見える。
ここも、20段程の石段を上ったところに、お宮がある。
左が現在の荒祭宮、右が新荒祭宮。既にほぼ出来上がっているようである。
御正宮の遷御の儀が来月(10/2)となれば、今年も残りわずか、ほぼ出来上がっていなければおかしいですね。
それと、何となく別宮の中で一番格式があるというだけありますね。

ただ、思うには、あまりにも、皇大神宮御正殿とは差がありすぎますね。
一に皇大神宮、二に豊受大神宮、三に荒祭宮、四に多賀宮、五 。六 。七 。・・。
二と三の間は、別物の様に感じます。あくまでも建ちゃんの主観ですが。
伊勢の神宮といえば、皇大神宮(内宮)で70%。豊受大神宮(外宮)で20%。別宮・摂社・末社・所管社で10%(その他諸々を含め)。
こんな感じですね。
全ての事が、皇大神宮の御正宮を中心に回っていると言って過言でない。

参拝客の、全ての人が、ここを外さないでお参りする。これも真なる事実。
荒祭宮を後にし、すぐ右に折れる。
由貴御倉(ユキノミクラ)・五丈殿(ゴジョウデン)を横目で見ながら、神楽殿正面の5〜6段の石段を降り、五十鈴川方面へ・

 <写真左:風日祈宮橋  写真中:新「風日祈宮」  写真右:現「風日祈宮」>

風日祈宮(カザヒノミノミヤ)へ通じる、五十鈴川に架かる風日祈宮橋。
参拝客が、橋を渡る前に橋の手前にある鳥居のところで手を合わせ一礼してから渡る。橋を渡り終わったところの鳥居でまた手を合わせ一礼する。
皆さん自然にそうしている。何の違和感もない当然の様に思える。
建ちゃん、他の神社やお寺でこんな事あったかなと首をかしげる。
もしかしたら、宇治橋にある前後の鳥居でも手を合わせ一礼しなければいけなかったのかなと思い、やらなかった自分を恥じる。
当然、我々四人も橋の手前にあり鳥居のところで手を合わせ一礼してから渡り始める。

宇治橋もいいが、この風日祈宮橋も、とっても趣がある。
建ちゃん、写真を撮りながらも、心地の良い心境になっている自分に気付く。
橋を渡り終わると、すぐ風日祈宮である。地の如く、風の神を祀る別宮です。
(鎌倉時代2度に亘る元寇の時 神風を起こして日本を守ったといわれる神です)
新風日祈宮は、まったく手をつけてなく、空き地のままです。

  <写真左:神楽殿も人・人・人
   写真中:記念撮影  写真右:宇治橋も人・人・人>

神楽殿に戻り、神札授与所で三人(幸ちゃん・瑞ちゃん・綾ちゃん)はお守りを物色する。建ちゃんは周辺をウオッチング。
現在10:40、雨も上がり、さわやかな空気である。
ところが、気が付けば参拝客が多くなり、旗を持った団体さんも来ている。ざっと見える範囲だけでも200人以上はいる。
でも、どこの観光地にも外国人が沢山いるが、ここでは少ない。ほとんどお目にかからない。

入った時と違う火除橋を渡り、馬のいない御厩(ミウマヤ)を眺め、参集殿(サンシュウデン)へ。
入る前に、雨風のために雨宿りをしたところである。その時は我々四人を含め10人程でしたが、今は100人程はいるでしょうか。
みな、それぞれ、ここ内宮でしか買えないものを物色する。
建ちゃん、心して購入する。
『奉祝 神宮式年遷宮 御神酒 (遷宮で結ぶ人の輪心の輪 第六十二回神宮式年遷宮)』と、ガイドブック(お伊勢さんを歩こう 神宮百二十五社巡礼案内)。
そして、大山抓神社・子安神社・神宮司庁を見、宇治橋へ戻る。

約3時間前に、暴風雨の中渡った時は、我々四人しかいませんでしたが、雨が上がった今、ここ宇治橋には何人いるのでしょうか、数え切れません。
宇治橋を渡る手前の鳥居のところで、手を合わせ一礼してから、宇治橋を渡る。
渡り終わって、また、鳥居のところで宇治橋に向かって、手を合わせ一礼する。
何故か、気持ちのいいものですね。
鳥居の前で、四人で記念撮影。
皇大神宮(内宮)だけで、3時間ちょっと、まだまだ見たいと思いますが、この辺で・・。

そして、大変驚いていることがあります。
それは、豊受大神宮(外宮)・皇大神宮(内宮)と、お参りをしてきて、それぞれの、お宮には気持ちばかりのお賽銭を入れさせていただきましたが、拝観料を一回も取られなかったことです。
どのようにして、式年遷宮が実施されるのか、日々の維持管理をどのようにしているのか、ただ驚き感心するばかりです。

<神宮式年遷宮>
 【神宮(伊勢の神宮)における式年遷宮(定期的に行われる遷宮)】
 【神宮では 皇大神宮(内宮)豊受大神宮(外宮)の二つの御正宮の御正殿
  および十四の別宮の全ての社殿を造り替えて神座を遷す
  このとき 宝殿外幣殿・鳥居・御垣・御饌殿など計六十五棟の殿舎のほか
  装束・神宝・宇治橋なども造り替えられる】
 【神宮式年遷宮は 飛鳥時代の天武天皇が定め
  持統天皇の治世の690年(持統天皇4年)に第一回が行われ
  1993年(平成5年)の第六十一回式年遷宮まで
  およそ1300年にわたって行われている】
 【第六十二回神宮式年遷宮の皇大神宮(内宮)・豊受大神宮(外宮)の遷御の儀は
  2013年(平成25年)10月2日・5日に行われる】
 【2005年(平成17年)から第六十二回神宮式年遷宮の各行事が進行中で
  2009年(平成21年)11月3日に主要な行事である皇大神宮(内宮)に係る
  「宇治橋渡始式」(ウジバシワタリハジメシキ)が斎行され
  最終的に2014年(平成26年)12月に豊受大神宮(外宮)の別宮である
  月夜見宮・風宮の遷御の儀が予定されています】

  <写真左:おはらい町通り  写真右:おかげ横丁>

宇治橋と鳥居をバックに記念撮影が終わり、買い込んだお土産や傘などを一旦駐車場に戻り(既に満車)止めてある車に入れ、おはらい町通りへ。
<おはらい町>
 宇治橋から五十鈴川に沿って続くおよそ800mの美しい石畳の通りには
 お伊勢さん特有の切妻・入母屋・妻入り様式の町並みが軒を連ね
 土産物店や飲食店・商家が建ち並び
 お伊勢さんらしいレトロな雰囲気が詰まった町

まずは、腹ごしらえ、「奥野屋」で、伊勢うどんを食べる。
汁が少なく黒い鰹節が沢山のっている、初めて味わう感触である。美味しくもあり、微妙な感覚である。現在の時刻11:20。

おはらい町通り、ここは噂通りです。
建ちゃん、こんな町、こんな町並み、大好きです。
そして、思っています。
 旧東海道47番目の宿場「関」。
 鈴鹿峠の手前にあり、旧東海道の中で一番印象が良かった宿場町。
 関宿の東の追分は、東海道と伊勢別街道の分岐であり、伊勢神宮の一の鳥居がある。
 (この伊勢別街道は、いくつもある伊勢参宮街道の内の一つです)

「伊勢参宮街道」
  日本の各方面から伊勢の神宮への参拝道として整備された街道
  伊勢街道・伊勢本街道・参宮街道と呼ばれる
 旧街道
 ○伊勢街道:
  日永の追分(四日市宿と石薬師宿の間)から 東海道と別れ伊勢にいたる街道
   追分〜神戸〜白子〜上野〜津〜番出〜松阪〜小俣〜山田〜宇治〜伊勢
   日永の追分(ヒナガノオイワケ)には鳥居があり
   「右 京大阪道 / 左 いせ参宮道」道標石碑があり
   東海道桑名宿七里の渡には伊勢の国の東の入り口として
   「伊勢神宮一の鳥居」がある
 ○伊勢本街道:大坂・玉造稲荷神社から各所を経由し奥津(津)経由で伊勢にいたる街道
 ○参宮街道:桜井で初瀬街道と分かれ 大宇陀(宇陀市)経由で伊勢にいたる街道
 ○支道 伊勢別街道
   (関宿東の追分で東海道と分岐 椋本宿・津市・を経由 江戸橋で伊勢街道に合流)

こんな、印象が良かった関宿と、大変似通っています。
ここ「おはらい町」は、ほとんどがお店関係ですが、関宿は店あり・屋敷あり・寺あり・神社あり等々です。規模的には、関宿の方が大きい様ですが、賑やかさでは、はるかに、ここ「おはらい町」の方が活気に満ちています。
その「おはらい町通り」の中でも、一際目立っているのが「赤福本店」です。赤福を買うため並んでいます。その「赤福本店」の前が「おはらい町」の中心にあり、見逃してはいけないのが「おかげ横丁」。

「おかげ横丁」
 内宮門前町の一角にあり
 江戸期から明治期にかけての伊勢路の代表的な建築物が移築・再現され
 約2700坪の敷地には 伊勢志摩ならではの食べ物屋やお土産物やが
 建ち並ぶなど楽しいスポットがいっぱいある

そんな、おかげ横丁を、人をかき分け、歩き見て回る。
入口の常夜燈、中に入って太鼓櫓、四方に別れ、若松屋、おかげ座、豚捨等々がある。
さらに、あちこちに、招き猫がいます。

  <写真左:牛鍋「豚捨」
   写真中:百五銀行内宮前支店  写真右:五十鈴川郵便局>

そしてまた、おはらい町通りに戻り、神宮道場、五十鈴郵便局、百五銀行内宮前支店(関宿にもありました 百五銀行関支店)。
はたまた、ゴミ箱や、ポストに至るまで、当時の様に合わせている。素晴らしい・・。
特にお菓子屋さんと酒屋さんは、あちらこちらにあり興味をそそります。後でね・・。

おはらい町通りにある「名物へんば餅」の店の前で立ち止まる。四人でへんば餅て何だろうねと話していると、いい匂いがする隣のお菓子を幸ちゃんが買って食べだす。
さっき食べたばかりなのにと思いつつ、建ちゃんもいただく、みんなも食べる・・。

そうそう、案内にあった、おはらい町の通りから「世古」(梅谷の世古)と呼ばれる趣のある通りを歩く。そこで、最近ほとんど見ていないカタツムリを発見。
そして、五十鈴川に出る。台風があり、かなりの濁流になっているが、空気が澄んできているせいか、なかなか見ごたえのある光景である。

おはらい町通りに戻り、瑞ちゃんがしきりに話す「このあたりに 美味しいお菓子屋さんがあり いい雰囲気の中で食べることができる店がある」、何年か前に来た時に入ったらしい。
でも中々思い出せず、主たる、おはらい町通りを歩いてもみつからないので、仕方なく、ここに入って休もうと思ったところが、瑞ちゃんが来たかった、その店でした。
中に入って、お休み処の雰囲気から思い出したようです。
その店は「五十鈴茶屋」、赤福本店の隣です。
幸ちゃんも瑞ちゃんも綾ちゃんも、それぞれ好きなものをいただく。建ちゃんは、わらび餅と抹茶をいただく。
建ちゃんの、靴の中は、ぐしょぐしょ。でも、やっぱり座敷に上がりました。
四人とも、座敷に座り、お菓子をいただく。、
ガラス越しの店の庭園と、その先の五十鈴川と、周りの景色に、思わず、うっとり・・。

しばし、五十鈴茶屋で休憩をし、隣の赤福本店で、お土産を買おうと話していると、急に、突風が瑞ちゃんを襲う「あぁ」思うが先に、居合わせた人たちにパンツを見られてしまいました。
皆、赤福を買いたいというので、代表で建ちゃんが並んで購入する。

  <写真左:五十鈴茶屋の庭園  写真右:「赤福本店」ここも人・人・人>

「株式会社 赤福」本店
  伊勢市宇治中之切町26  0596-22-7000
  創業は 宝永4年(1707年)
  現在の赤福本店の建物は明治10年(1877年)以来130年余り
  営業時間は 5:00〜17:00
《赤福の会社案内の一説より》
 江戸時代に盛んになったお伊勢参り
 無事にお伊勢参りができるのは目には見えない神様のおかげ
 そして道中の人々の「施行」(セギョウ)と呼ぶ様々なお世話のおかげ
 お伊勢参りは「おかげ参り」と呼ばれるようになりました

建ちゃん、買ったお土産を下げ、道路のど真ん中、何処を見渡して三人ともいない。
人・人・人で、ある、どこから来たのか、この人たち驚くばかりです。
建ちゃん幸ちゃんの携帯に電話を入れると、少し先の店にいる幸ちゃんから見えても、建ちゃんから見えない。不思議ですね。その少し先の店は伊勢萬。

「株式会社伊勢萬 内宮前酒造場」
  伊勢市宇治中之切町77-2  0596-23-8800
お店の中に、こんな一説があります。
 「神宮杉が生い茂る杜に通じる門前町 神域を流れる清流五十鈴川の伏流水に
 ゆっくりと時間をかけてみがき上げた米 伊勢の小さな酒蔵が
 おかげさまの心を込めてつくりました」

建ちゃん、天下之辛口「老緑」(オイミドリ)、元禄十五年(1702年)創醸が、目に留まる。迷わず、老緑720mlを1,030円で購入。
幸ちゃんは、老緑の他にも沢山買い込み。参集殿でも、他のお店でも、これから行くお店でも、手に持てないくらい買い込んでいます。
商売も、付き合いも大変ですね。ご苦労様です。

おはらい町通りを、少し歩き、ファミリーマートを見つける。
瑞ちゃんが電池を買いに中に入ったので、建ちゃん外の通りの中央で店を見ながら待っていると、通りすがりの人たちが「あ ファミリーマートだ」と口々の行って通りすがる。
その通りイメージしているファミリーマートとは、まったく異なり、この町にあった形・色合いだったりしているからです。素晴らしいですね・・。
この間にも、幸ちゃんは別の酒屋で、自分のイニシャルが入った酒を買っていました。

おはらい町に、お別れをし、再度ナビを夫婦岩にセットする。

   

  <写真左:綱が切れてしまった「夫婦岩」  写真右:高波の「二見興玉神社」>

早朝、夫婦岩に行くが台風のため見られず、四人とも諦めることができず、再び夫婦岩へ。
早朝に行った時は、我々が乗っていた車と、もう一台だけでしたが、今度は違います。駐車場に入るのに、ノロノロ。
駐車場は、早朝に見た土留め板や土嚢が取り除かれ、その奥にありました。駐車場の、すぐ前が、海、伊勢湾二見浦(太平洋)です。
車を駐車場に止め、早速「夫婦岩」へ歩く。現在の時刻14:05。

天気は晴れ、風は強風、海は高波(台風一過そのもの)。
早朝、我々が見た、もっともっと奥に行って見えてきました。海岸沿いの参道は高波を避けながら走っていくしかありません。
夫婦岩の綱も切れてしまっています。時より高波で夫婦岩が見えなくなります。そんな中でも参拝客は50〜60人はいます。
特に、若い男女が多い気がします。やっぱり夫婦岩は縁結びのシンボルであり、二見興玉神社(フタミオキタマジンジャ)は縁結び夫婦円満の神社です。

「江戸時代のお伊勢参り」
 夫婦岩・外宮・内宮・朝熊山金剛證寺の 順に廻ると言われています
 (かつて 神宮を参拝する人たちが 二見の海で身を清めるとされていた)

我々四人も、これに倣ったつもりでしたが、何か、ちょっと違う気もします。
まぁ、細かいことは、やめておきましょう。
強風、高波の中、歩いて行く先には、二見シーパラダイスがあるようです。
強風、高波の中、二見興玉神社に参拝ができ、夫婦岩も拝見できました。
駐車場に戻ってきたのが、14時40分。

時間と体力と気力を考慮し、敷地外の別宮(伊雑宮 イザワイノミヤ 他)や志摩(賢島)観光は次回とし、疲れた体濡れた体を少しだけ休ませることとし、車で移動。

「みたすの湯」へ。
  伊勢市舩江一丁目・伊勢赤十字病院近く・入場料600円(安い)
1時間半ほど湯に浸かり、休憩する。

今日一日、伊勢の市街地を見てみましたが、想像した以上に大きな町であることに驚きもしましたが「お伊勢さまの」偉大さに改めて敬服いたします。

そして、本日、最後のイベント、夕食会場へ。
*松阪牛
松阪肉元祖「和田金」
  松阪市中町1878  0598-21-1188
  創業は 明治初期
  純和風の5階建ての建物(支店なし)
 和田金牧場(松阪市嬉野黒野町)
 広大な完備した牛舎で常時二千数百頭の黒毛和牛の雌牛ばかりを飼育
 牝牛は兵庫県美方・但馬等から購入
 この牧場独自の飼育方法で2年半〜3年育て
 最高の牛肉を作り上げる

みたすの湯に入る前に電話で予約する(店の好意で予約ができた感じ)。17:30に予約を入れたが、17:40頃無事到着。
和田金がある建物の前の通りが、旧伊勢街道です。
まずもって、駐車場に驚く。ハイクラスの料亭の構えだ。入口から背広姿の人が出迎えてくれた。
靴を脱いで上がる(スーパーセントで着替えてきてよかった)。
わからない札を二枚も渡される。
一枚はインフォメーションで、もう一枚は食事をする処で渡す。
何故、この札が必要なのかは、わからない。

エレベーターで3階へ。そして、奥まった個室へ通される。
 1階:ロビー・フロント・精肉販売
 2階:大広間・中広間
 3階:客室20 4階:客室10 5階:貴賓室5・茶室
すき焼き二人前(一人前で牛肉が2枚)と、ステーキ250gを注文、4人で食べる。
すき焼きは、目の前の炭で目の前で焼く、全ての事を、お女中がやってくれる。
ちょっと、少ないかなぁと思って食べていましたが、食べ終わった頃には、ちょうどいい腹具合になっていました。
美味しい肉であることは確かです。でも、建ちゃんが30年前に食べ感心した 、牛の肉刺身が食べられなくなってしまっていたのは残念でした(例の牛肉の事件以来)。
四人とも、ちょっとだけ心地いい気分になれて、幸せです・・。
時刻は19:20「和田金」を出発。

建ちゃんが運転手、助手席に瑞ちゃん、後ろに幸ちゃんと綾ちゃん。
一般道を15分程走り、松阪インターより、伊勢自動車道にのる。
順調な滑り出しでしたが、名阪国道と合流する関ジャンクションの手前からノロノロの渋滞です。
東名阪自動車道となり、新名神高速道路と合流する亀山ジャンクションも渋滞、何と四日市インターの先を先頭に、約20q110分の大渋滞でした。(四日市インターの先で、3車線が2車線になり、1車線は台風の影響による復旧工事でした。)
建ちゃん、そんな大渋滞の中、我慢が出来ず、ちょっとしたスペースが開いているところで立ちション。めちゃ恥ずかしいけど、すっきりしました。
四日市ジャンクションを過ぎると、今度は風の影響で50q/h規制です。
時折、突風が吹きますが、来る時よりは楽です。
刈谷PAで、運転手が交代、幸ちゃんの運転に代わります。
建ちゃん後ろの座席で横になる。2時間ぐらい経過したでしょうか、富士川SAで休憩。運転手が建ちゃんに代わる。
でも、またまた感心する。車が停まる度に、幸ちゃん、お土産を買うことを忘れません。

9月17日(火)
一路横浜インターを過ぎ、今日朝一番から仕事が入っている綾ちゃんを先に降ろし、西の空に真ん丸な大きなお月さんを見、幸ちゃんと瑞ちゃんを降ろし、建ちゃん帰宅。
現在の時刻、9月17日午前3時5分(プリウス 走行距離 980q)。
皆さん長い間、疲れ様でした。

こんな台風の中、大勢の参拝客がいる伊勢の神宮には、改めてビックリしましたが、やっぱり、今回の計画は、ちょっとばかり無謀な様な気がします。
本当に全員無事に帰ってこられて、良かった。
今度は、のんびりと、伊勢神宮にいきたいと思います、
2・3泊位して、伊勢から、鳥羽・志摩・尾鷲。そして、熊野古道なんか、いいですよね。

【あとがき 台風18号】
9/16 8時前 愛知県豊橋市付近に上陸
9/16 先月(8/30)制定されたばかりの「特別警報」出される
  *「特別警報」とは
    十数年に一度の規模の大規模災害が起きると想定された場合に出される
9/16(5:05) 気象庁は 京都府・滋賀県・福井県に大雨特別警報を発令
        50万人に避難指示
  +京都市の桂川が氾濫 京都市右京区が冠水
   渡月橋の橋脚が見えなくなるまで濁流が押し寄せ 嵐山の温泉街が浸水する
  +福知山市の由良川が氾濫 市街地が広い範囲で冠水 
9/18 気象庁は 台風18号に伴い 全国で10個の竜巻が発生していたと発表
  +和歌山県串本町に15日午後に起きた突風被害は3つの竜巻
  +埼玉県熊谷市・行田市・滑川町・群馬県太田市に16日未明に4個の竜巻
  +15〜16日に 群馬県桐生市・三重県志摩市・栃木県那須町に各1個の竜巻
9/18現在  台風18号の影響で 全国で死者5名 行方不明者4名


*2013年9月16日*

 

  <伊勢の神宮>
  皇大神宮(内宮)
  「風日祈宮橋」


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