≪アンコールワット・アンコールトム ハロン湾≫

     《 平成24年5月28日(月)〜6月1日(金)》

  + 「 カトちゃんケンちゃん 旅は道連れ 」 第一弾


〈旅行日程表〉

◇阪急交通社◇
≪ハロン・アンコールワット5日間≫
出発日 2012年5月28日(月)
帰着日 2012年6月01日(金)
集合日時 2012年5月28日(月)8時30分
集合場所 成田国際空港第1旅客ターミナル
      北ウイング Gカウンター18〜20番
      阪急交通社 受付カウンター
出発便  ベトナム航空
出発時刻 10時30分

<旅行代金>
ツアー代金 113,440円
 (基本旅費105,000円 海外旅行保険・空港使用料等を含む)

<時差>
日本     ±0
ベトナム   −2時間00分
カンボジア  −2時間00分
日本     ±0

<日程表>
1日目 5月28日(月)
成田国際空港発  10:30 VN-0311 《空路 ハノイへ》
                  (所要時間 05時間45分)
ハノイ着     14:15  専用車にてハノイ車窓観光
              ハロン湾へ
              夕食(ベトナム料理)
              ホテルへ
                            <ハロン泊>
2日目 5月29日(火)
              専用車にて ハロン市場から
              【世界遺産】
              ハロン湾クルーズと鍾乳洞見学
              昼食は船内にて海鮮料理
              専用車にてハノイ空港へ
ハノイ発     17:50 VN-0835 《空路 シェムリアップへ》
                  (所要時間 01時間40分)
シェムリアップ着 19:30  専用車にて移動
              夕食後ホテルへ
                            <シェムリアップ泊>
3日目 5月30日(水)
              【世界遺産】
              アンコール遺跡群観光
              午前
              バンティアイ・スレイ
              タ・プロム
              バンティアイ・クディ
              タ・ケウ
              昼食は日本料理
              午後
              アンコール・ワット(120分)
              プレ・ループにて夕陽鑑賞
              夕食はショーを見ながら
                            <シェムリアップ泊>
4日目 5月31日(木)
              専用車にて
              希望によりアンコールワットサンライズ見学(朝日)
              昼食以外自由時間
              午後
              アンコール・トム
              アンコールクッキー店に立ち寄り後
              シェムリアップ空港へ
シェムリアップ発 21:35 VN-3822 《空路 ホーチミンへ》
                  (所要時間 01時間00分)
ホーチミン着   22:35  乗り継ぎ
5日目 6月1日(金)
ホーチミン発   00:05 VN-0300 《空路 成田へ》
                  (所要時間 06時間10分)
成田国際空港着  08:15  通関後 空港で解散

<ホテル>
● ハロン湾
 STAR CITY SUOI MO HOTEL
 (スター シティ スイモ ホテル)
●シェムリアップ
 CITY ANGKOR HOTEL
 (シティ アンコール ホテル)


《旅日記》

       

         <写真:カンボジア「アンコール・ワット」>

○日本は15℃〜23℃、ベトナム・カンボジアは25℃〜35℃と暑い。
○いよいよ「カトちゃんケンちゃん 旅は道連れ」二人での最初の海外旅行のスタート。
○何が起こることやら、その珍道中へ、どうぞ。


+ 1日目 5月28日(月)

ケンちゃん4:20起床、5:00出発、横浜6:22発成田エクスプレスにて成田国際空港へ。
途中、武蔵小杉にてカトちゃんと合流。

Gカウンターで手続きを済ませるが、最初の予定外の事が起きる。
バックは機内に持ち込も予定であったが、ケンちゃんのバックの重さが7sを越え預けることに、カトちゃんのバックは7s以下で機内へ。
3万円をドルに両替し(レート1ドル82.6円 363ドルと17円のお釣り)中へ。早速カトちゃん免税店でタバコを2カートン購入。
まだまだ時間がたっぷりあるので、二人でビールを飲みながら時間をつぶす。9:50に機内へ移動が始まり、いよいよスタートである。

約6時間のフライトであったが少し早目の到着で、ベトナム時間14時であった。
キョロキョロしながらも、無事税関を通過し外へ。我々の案内板をもっている人を発見。
暑い、暑い。毎日35℃あるとの事。
早速、車に案内される。何と乗用車である。我々二人と、片言の日本語を話せるガイドさんと、運転手さんの4人である。
カトちゃんが着く前から「きっと少ないからマイクロバスだよ」と言っていたが、もっと少なかった。ビックリ。

この時期に来るのが、1年の中で一番少ないらしい。
ベトナムもカンボジアも、雨季と乾季に分かれ、5月〜10月が雨季、11月〜4月乾季、12月から2月が暮らしやすいらしく。12月の観光客が一番多いらしい。

  <写真左:ハノイ市街地(オートバイが多い)
   写真右:ハノイ市街地(独特な家々)>

車の中から、ハノイの市街地や郊外を見る。飛行場から市街地まで30分程である。
まず感じることは、車はさほどではないがオートバイが多い。一人乗り二人乗りは普通であるが、3人乗り4人乗りがざらに走っている。運転は皆荒い。

それと、建物に驚く。間口が2〜3m、奥行きが20〜30mの3階建て・4階建て・5階建てである。単独で建っているもののあれば、連続の建物も多い。色使いも華やかである。
ハノイ市街地のホテル等の建物は、何処にでもある様な建物であるが、圧倒的に間口が狭く、奥行きが長く、高さがある建物である。
構造はRCと煉瓦が多い。住宅は煉瓦積みが多い。ベトナムもカンボジアも、地震がない。

オートバイが一番目立つが、車も自転車もある。でも、あまり傷が付いている車は少ない。
そして、人が多い。さぼっている人は見かけない、皆真面目に働いている感じがする。中国やフィリピンとは、ちょっと違う気がした。

さぁ、一路ハロンへ。ほとんど平らな道を、ひたすら走る。
大きな街並みではないが、途切れることは少ない道路沿いである。
その奥には、田んぼが続く、田園風景である。
途中、休憩を一回とり、ハノイの市街地から走る事3時間(約180q)、ようやくハロンの町へ到着。
すでに、廻りは薄暗くなっている。ベトナム料理(これがフォーボーかな!!)を二人だけで食べ、ホテルへ。
20時少し前に到着、618号室(7階)へ。想像していたより綺麗なホテルで一安心。
夜は危険だと言われ、ホテルの部屋内でビール(3ドル)ワイン(10ドルの予定が24ドル)を飲み。早々に就寝。


+ 2日目 5月29日(火)

6時にモーニングコール、ホテルの窓辺から見る景色、日本では見ることのない景色である。
海・山・家・ホテル、全てが違う。そして、見える景色だけでも貧富の差を感じる。
6時半過ぎに朝食、1階の会場レストランに行った時には、すでに大勢な人達がいる。見渡してみると中国人が多いなぁと感じる。

朝食後、二人でホテル周辺を散歩。「KARAOKE」と書いてある看板、日本のカラオケからきたらしい。
でも、カラオケは当然あるが違うこともあるらしい。そういえばハノイの市街地でも見かけた。それらしい女性の方も・・。
朝早いというのに、店も開いていて皆働いている。声を掛けて来る人もいる。朝から感じるのは、人の多さと、圧倒的なオートバイの数である。

ホテルのロビーに8時集合、15分程前から大粒の雨がスコールである。
*今日は「海の桂林」と呼ばれる、世界遺産(1994年登録)ハロン湾へ。
*水と奇岩が織りなす自然の芸術である。

   

    <写真左:泊まったスターシティスイモホテル
     写真右:ハロン市場には大勢の人がいます>

ホテル1階のロビーに行くと、すでにガイドさんが待っていた。
ガイドさんも運転手さんも、近くに泊まったとのこと。

予定通り8時に車に乗り込み出発。最初に行ったのが、ハロン市場。色々な店が沢山あり色々な物が置いてあるが、ただ見て廻るだけである。
そして、ハロン湾の船着き場へ。観光客の人で一杯である。でも、日本人はいない。ここへきて1時間程降った雨が、ようやく小雨になってきた。

ガイドさんに案内され、ガイドさんの後ろから桟橋を歩く。
いよいよ、世界遺産ハロン湾の船上遊覧である。
まず驚かされたのが船の多さ、何隻あるか数えようがない。ひしめき合っている。ぶつかり合っている。
そして、もっと驚いたのが、50〜60人乗れる船に我々二人とガイドさんだけである。乗組員は、全員家族なのか6人いる。贅沢な、贅沢な船旅である。

  <写真左:ハロン湾には船・船・船  写真右:乗った同程度の船>

乗り込むと、すぐに動き出す。他の船が何十隻あるかわからないが、皆同じ方向に向いている。
ほとんどの船が同程度の大きさの船で、マストを2本もっている。どの船も帆を上げていない。
ハロン湾の島々と帆を上げた船が、ここの世界遺産のイメージなのに、ちょっと残念。

40分程動くと、一つの大きな島に到着し、鍾乳洞である。
階段状の桟橋に船の頭から突入し下車。石の階段を50段ほど登ってから、鍾乳洞の中へ。

秋吉台の鍾乳洞ほど大きくはないが、なかなか見応えがある。そして見物人でごった返している、人・人・人。
大半がベトナム人である。家族連れや友達どうし、そしてアベック、平日なのに凄いなと思う。ベトナム人の小・中学生は、無料との事。
確かに、見る価値のある鍾乳洞だと思います。

  <写真左:鍾乳洞(1)  写真右:鍾乳洞(2)>

45分ほどで鍾乳洞の見学が終わり、入ったところと違う出口へ。その出口に、何十隻の船が集まって来ている。
またまた、ここでもビックリ。
船と船の間が2m程しかないのに、我々が乗る船は両方の船とぶつかりながら、こじ開け平然と桟橋に付けた。廻りの船も何も言わず、あたりまえの様である。

我々二人とガイドさんを乗せた船は動きだす。今度は海の上にいかだを組み魚を集めているところに、蟹やイカなど十種類程の魚がいて、買ったら船の中で料理してくれるとのことであったが、買う気がしなく買うのを止める。

船に戻ると、まだ10時40分を過ぎたところであるが昼食となる。地ビールを注文し、進められて白ワインを1本注文する。
とても、昼間っから、飲みきれないと二人とも思う。
船上での料理、当然海鮮料理七品から八品、とにかく美味い。特に、蟹の甲羅焼きは最高でした。
それにしても、あまりにも量が多くて食べきれません。何と、あの白ワインが空になっていました。
350ccの缶ビールが3ドル、白ワイン1本30ドル、ちょっと高いと思いつつ飲んでしまいました。

気持ちが良くなったところで、お土産に1枚25ドルのハロン湾の絵を1枚ずつ購入。これも、ちょっと高いかなと思いつつ、まあぁいいや。

  <写真左:ハロン湾の海と奇岩の島々(1)  写真右:奇岩の島々(2)>

これから、エメラルドグリーンの海辺と、奇岩の島々を見ながら戻っていくとの事。
ハロン湾には、大小2000以上の島があり、人が住んでいる島はほとんど無いとの事。

波が、まったく無く。今日は曇っていて天気も今一であるが、この情景は日本では見られないなと、つくづく思う。
ただ、がっかりなのが自分が思っている様な情景が、上手く写真で撮れない事である。何故なのか残念である。

  <写真左:エメラルドグリーンのハロン湾  写真右:奇岩の島々(3)>

11時40分船を降りる。一路ハノイ空港へ。
途中、ケンちゃん大失態少々飲み過ぎたのか休憩所まで待てず立ちション。
でも、ひどいんだよ立ちションが終わった後1分もしないところで休憩だって、言ってくれれば1分くらい我慢できたのに。またまた、やってしまったケンちゃんでした。

15時30分過ぎ、ハノイ空港着。
ガイドさんと運転手さん、それぞれに昨日5ドル今日5ドルのチップを渡す。昨日といい、今日といい、さすがにチップを渡すと態度が変わりますね。あたりまえか・・・。

ガイドさんに手続きしてもらい、搭乗券を持って機内へ持ち込む手荷物検査へ。いやいや入る前に、カトちゃんの一服タイム。
そして、検査場へ。成田空港では重量でひっかかったが、今度は他の物がひっかかる。120ccの瓶に入っているアフターシェーブローションかなと思い出して説明すると、これはOK。
係官の男性がナイフだとかハサミだとかの言っているようなので、ハサミなどがセットになったものを出すと、これは機内に持ち込めないというので、係官にプレゼントする。
すると、女性の係官がきて、指さしながら「ワン モア」と笑いながら、ケンちゃんに問いかけて来る。もう一つ持っているわけがなく、大笑い。そして、別れる。

待ち時間もたっぷりあり、二人で白身魚の揚げたものを食べながらビール(4ドル)を飲む。二人は、ポテトフライを注文したつもりであったがきたのは白身魚。でも、美味かった。計12ドル。
何せ暑いし、何かを飲みたくなる。発車間際に搭乗口が変更になり、あたふたしながらも飛行機に乗り込む。
成田からベトナム間は、座席が 2・4・2 であったが、ベトナムからカンボジア間の座席は 3・3 であった。
飛行機の中でも軽食が出て、また食べる。
でも、飛行機の中では忙しかった。出入国カードと税関申告書を書くのに、事前に調べるものは調べておかなければ駄目だよね。ちょっぴり反省。

 

19:30、シェムリァップ空港着。
「阪急e-very」の看板を持っている方のところへ。何と、何と、ここカンボジアでも我々二人とガイドさんと運転手さんだけである。

早速、車でシェムリァップ市街地にあるレストランで夕食となる。さすがに本日5食目、ほとんど食べられず。
夕食を取りながら、現地の旅行会社の日本人の方が説明していた。まだカンボジアに来て半年位らしい、一生懸命に説明している事だけが、わかった。
ベトナムもカンボジアも、運転手さんは日本語がほとんどわからないが、ガイドさんは日本語がわかる。
でもベトナムのガイドさんは片言であったが、カンボジアのガイドさんは流暢に日本語を話す。まだ、31歳とのこと。
 現地旅行会社:(株)エムエスツアー&トラベル
 ガイド名:Mr.Eng・Chandara

最初に教えてもらったのが、オートバイには免許がいらないとの事。
それにしても、ベトナムに負けず劣らず、オートバイが多い。2人乗り、3人乗り、4人乗り、あたりまえ。バイクタクシーも多い。かつ、自転車も多い。

21:00前に、ホテル チェックイン、204号室(3階)。
夜の一人歩きは危険とのこと。二人で歩いて10分のスーパーへ買い出し。水・ビール・つまみを購入。
カンボジアもドルでの支払いOK。ただし、お釣りの1ドル未満はカンボジアの紙幣になるので、もらいづらく。お釣りは、ついついチップになってしまう。

部屋に戻り、軽く二人で一杯やりながら就寝。
カトちゃんは、冷房をガンガンきかせて寝る方。ケンちゃんは、冷房を切ってから寝る方。それにしても暑い、冷房を切るわけにはいかないね
ベトナムのホテルと同程度の広さ、格式はカンボジアのホテルが上の様であるが、設備面ではベトナムのホテルが上、特に水回りでは・・。
カトちゃんは、両方とも部屋内でタバコが吸えることを喜んでいる。ケンちゃんは、タバコを吸わないので関係なし。


+ 3日目 5月30日(水)

6時モーニングコール、6時半1階のレストランで朝食。入った時には2人だけ先にいましたが、出る時には20〜30人いました。
朝食は、全てホテルレストランのバイキング、可もなく不可もなく。

朝食後、二人でホテル前を散歩。天気最高、暑くなりそう。ホテルの道路反対側は小学校。
オレンジ色の訪問着を着た、御坊さんがホテル周辺に沢山いる。
そして、やはり今日もオートバイが目立つ。

  <写真左:泊まったシティアンコールホテル  写真右:目立つオートバイ>

<アンコール遺跡>
*アンコール遺跡とは、日本でいう平安〜室町時代にあたる9世紀から15世紀にかけて、クメール帝国がインドシナを中心に発展する。
*アンコール王朝の衰退と共に放置され、数世紀の間忘れ去られ、19世紀初めフランス人により発見される。
+当時、世界の大都市に比肩しうる巨大な城都であることは確かで、東京23区分の広さに匹敵するエリアから、主要なものだけで62の遺跡が発掘されている。
*1992年、世界遺産に登録されている。

8時ホテルロビーで待ち合わせ(水のペットボトルを忘れずに)。早速、車に乗り込み。本日のスタート。
最初に向ったのは、アンコール遺跡群の共通拝観料を購入しにいく。
これも、今回のツアー料金に含まれているが、拝観する本人がいかないと買えない。

     

     <写真:共通拝観券>

     No 0951663
     CAMBODIA
       THREE DAY PASS US$40.00
       Date of entry :30/05/2012
       Date of expiry :01/06/2012
       Nationality   : C.0813
        (本人の写真入り)

外国人は、これを見せなければ拝観できない(カンボジアの人達は無料)。
カトちゃん、ケンちゃん、今日と明日、これを首からぶら下げて歩く事になる。

≪世界遺産アンコール遺跡群≫
 各寺院の石仏像に、顔が彫られているのは、ヒンズー教。
            彫られていないのが、仏教。
 世界的に有名な、アンコール・ワットは仏教、
 無類の広さを誇る、アンコール・トムはヒンズー教(一部仏教のものあり)。

最初の訪問地は、BANTEAY KDEI (バンティアイ・クディ)。
  2カ所目は、TA TROHM (タ・プロム)。
  3カ所目は、TA KEO (タ・ケウ)。
  4カ所目は30q離れた、BANTEAY SREI (バンティアイ・スレイ)。
午前中に、この4カ所を見学する。
バンディアイ・クディとバンディアイ・スレイはヒンズー教。
タ・プロムとタ・ケウは仏教。

  <写真左:バンディアイ・クディ(1)
   写真中:バンディアイ・クディ(2)  写真右:物を売る女の子>

最初に行った バンディアイ・クディでは 日本には当然ないものなので 珍しさと石仏像に感心する

そして、これから、いく先々で出会う、物を売る子供たちである。大人達も物を売っているが、圧倒的に子供たちが多い。子供たちがいるところには、近くに親がいる。
小さな時から生きること働く事を覚える。学校の授業も協力をみせる。やっているのは、ほとんどが小学生である。
ケンちゃんには、どうしても違和感がある、「これでいいのか」という。
だから、物を買ってあげることが出来なかった。協力してあげることが出来なかった。でも、考えさせられた。

  <写真左:タ・プロムの正面入口  写真右:タ・プロム入口を入った処>

  <写真左:タ・プロム(1)  写真右:タ・プロム(2)>

2カ所目に行った、タ・プロム。
ここの光景は、テレビか雑誌、または映画で記憶がある。
何百年の間ジャングルに埋もれていたアンコール遺跡。
その名残の最大が、この「タ・プロム」にある。
特に、その中でも、張り巡らせた根の間の奥に、ちょうど小さな石仏の顔が見える。こんな事が現実に起こるものかと 信じられない。

    

<写真左:張り巡らせた根(正面中央の小さなくぼみ)  写真右:小さな石仏の顔>

3カ所目の、タ・ケウは、現、修理中のため中に入ることが出来ず。
外から見るだけである。でも、中に誰かいるけど。

       

         <写真:タ・ケウ>

       

         <写真:バンディアイ・スレイ>

4カ所目の、バンディアイ・スレイは30q程離れているので、ひたすら車を飛ばす。
途中、田園風景が広がる。現在は二毛作であるが、ポルポト時代は三毛作であったらしい。
そのポルポト時代の地雷の影響で足を失った元軍人さんたちが、少なからず寺院にはいて物乞いをしている。これも、いい感じがしなかったが何か考えさせられた。
あのポルポト時代の17年間は、争いの絶えない時代だったらしい。

    

    <写真左:東洋のモナリザ像(左)
     写真中:正面奥の入口左右  写真右:削られた顔(右)>

バンディアイ・スレイで思い出に残ったのは、カンボジアの「東洋のモナリザ」と言われている像である。その像は綺麗な形で残っているが、対比される隣(右側)の像は、顔のところが削られてしまっている。
そんな削られたり持っていかれたり、散々な目にあっている歴史ある遺跡が、あっちこっちにある。
アフガニスタンの世界的遺産である、石仏の顔がタリバンによって壊された様子をテレビで見たのを思いだした。
今もそうであるが、宗教戦争、民族戦争とは、凄まじい事なんだと改めて思う。
日本人みたいに、一民族、一宗教(無宗教か)で育った我々には、なかなか理解できない。仕方がないのか・・・。

車に乗り、シェムリァップに市街地へ戻る。
市街地の一角に、ジャヤバルマン7世病院(子供病院)がある。カンボジアの王様と日本の協力で造られ運営され、17歳以下の子供たちは、全ての医療費が無料とのこと。
この病院から少し先の路地に入った静かなところ、日本料理「紅音」で本日の昼食である。
あまり期待はしていなかったが、何の、日本で食べているのと、まったく違いはなかった。
全ての材料を日本から取り寄せ、日本の板前が料理しているとの事。美味しかった。
午前の部は終わり、ホテルへ。

午後の部は、15:00ホテルロビー集合である。
部屋内でゴロゴロしていると、外が騒がしい(14:30頃)、スコールである。物凄い勢いで雨が降ってきた。
ホテルの門番に人も、補修工事をしている作業員も、バイクタクシーの人も、雨宿りである。
そんな中予定通り、15:00ホテル出発である(忘れずに 水を)。

今回の旅行の最大のイベント、ANGKOR・WAT(アンコール・ワット)へ。
道中雨の中では、極端に人も車もオートバイも減っていた。
アンコール・ワットの敷地は、長方形で、東西1.5q 南北1.3qあり 廻りを御濠(幅200m程度)に囲まれ、東と西の中央に1カ所ずつ出入り口がある。西が正面で、東が裏である。
当然我々は、西から入り(大多数の方が 西から入って東か西に出る)東へ出る。
この参道が、真西から真東に一直線になっている。

明日の朝見るであろう朝日が、日本でいう彼岸の春分に日・秋分の日には、参道の直線状に、アンコール・ワットの三つの塔の先端からのぼる。この光景が世界的に有名。

       

       <写真:御濠の橋からの アンコール・ワット>

御濠の手前で車を降り、スリーデーパスを係員に見せ(この手前500mのところでも、車の中からスリーデーパスを見せた)、傘を貸してもらい、御濠の橋を渡る。
この橋の補修工事が行われていた。フランスで行った工事は無事に終わっているが、カンボジアが行った工事はすでにガタガタだと、ガイドさんが説明してくれた。
今現在は橋の一角を、日本が補修工事を行っているとの事。

アンコール遺跡群は、どこの国とも同じように、遺跡の維持管理するために、多額の費用と時間を掛け、工事を行っている。
ここアンコール・ワットも午前中見た寺院も全て、計画的に行われているとの事。カンボジアは勿論の事、フランス・日本の部隊が常時行っているとの事。

アンコール遺跡群は、全てが石である。補修された跡を見ると、まったくマッチしていない。何十年後かに違和感がなくなるということである。
崩れてしまった石などは無造作に集められていて、番号が書かれた石もある。その石を根気強く一つずつ補修していくとの事。
だから、このアンコール遺跡群の石ころ一つ持ち去っても犯罪だとの事。

  <写真左:水面に映る(聖池)アンコール・ワット  写真右:記念撮影>

橋を渡り門をくぐると目の前に、おのアンコール・ワットの塔がそびえている。でも、でも、残念な事に緑のシートに覆われた部分が目立つところにある。
案内してくれているガイドさん「何年かこの仕事をしているが、工事をしていないところを見た事がない」との事。

早速、記念撮影「よく世界中に紹介されているアンコール・ワットは、ここから撮った写真ですよ」と、ガイドさんが教えてくれた。
参道の正面と水面に映る(聖池)「アンコール・ワット」である。

そして、門をくぐり300〜400mあるだろう参道を歩き寺院の中へ(この頃になると、すっかり雨はやんでいた)。
西塔門付近で、削られてしまった仏像、持ちされてなくなってしまった仏像、本来あるべきところにない。
さらに先へ、十字回廊付近の列柱に、日本人(1632年肥州武士 森本右近大夫)が書いたという落書きを発見。はっきり見えるところは少ないが「帝国」という文字か?
大変残念なことですね。

この十字回廊があるレベルで、西塔門を含めた第一回廊(東西約300m 南北約250m)があり、周囲全てにレリーフがある。

  <写真左:第一回廊がある十字回廊  写真右:第二回廊がある中庭>

十字回廊から、階段を登り、周囲に第二回廊がある中庭みたいなところに出る。

ここまで来て、また一つ理解する。
アンコール・ワットといえば、参道から見る三つの塔の威容さと、中央祠堂(三つの塔があるところ)に向う急勾配(70〜80度か)の最後の階段である。
この階段が第二回廊がある中庭から登っていく。しかし、残念なことに、昨今では危険だということで進入禁止となり登らせていない。

   

    <写真左:仮説の木の階段  写真右:急勾配の階段>

一箇所だけ、その急勾配の階段の上に仮設の木の階段を使って登っていっている。この仮設の階段ですら50度以上はある。
ガイドさんのところの会社では、危険であると判断し、この仮設の階段ですら登らせていない。よって「どうしても登りたい人は自己責任で登り、ガイドさんは一緒に登らない」とのことである。

当然、カトちゃんもケンちゃんも、自己責任で登る(ガイドさん、仲間と一緒に楽しそうに待機)。
登りきったところが、第三回廊(約70m四方)でぐるりと廻っている。

  <写真左:第三回廊がある池  写真右:第三回廊から見た眺望>

ここ中央祠堂は、やはり十字回廊になっていて四つの池がある。その池は、第一回廊の十字回廊にある池と同様に、建立時は雨水を溜めていたとの事(現在は空)。
この十字回廊の周囲を第三回廊が廻っていて「田」の字となる。ちょっと、ここで気が付いたことがあります。
ここ第三回廊第二回廊で、よく日本人を見かけることである。第三回廊で、女性3人組の日本語を聞き懐かしさを覚える。

そして、その日本女性を案内しているガイドさん(カンボジア人)に我々の写真撮影をお願いすると、何と真面目な顔をして「1ドル いただきます」と言われ、大笑い。
何とも、ジョークが好きなカンボジア女性である。

  <写真左:第三回廊から第二回廊を望む(1)
   写真右:第三回廊から第二回廊を望む(2)>

急勾配の階段を降り、ガイドさんと一緒に第一回廊まで降りる。

第一回廊のレリーフの前でガイドさんが熱心に説明してくれたのが、東面南側にある天地創造にまつわる神話「乳海攪拌」の最終局面である。
中央のヴィシュヌ神は、大海原に住む大亀(クールマ)の背に乗せられた曼陀羅山に、大蛇(ヴァースチ)を巻き付け、その胴体を左右の阿修羅と神々(テーヴァ)たちに、綱引きのようにひかせている。
その様子である。

   

    <写真左:第一回廊の壁画
     写真右:東側から見たアンコール・ワット>

第一回廊から別れ、東の出口に向うと観光客も少なくなり寂しくなる。
途中、仲間の喧嘩で鼻の頭を取られてしまった猿と出会う。何とも可哀そう。これも自然界では仕方ないのかも。
少し歩くと、車が迎えに来ていた。ここから、夕陽を見る為にプレ・ループへ移動。

ケンちゃん、途中公衆トイレに寄り道。
おしっこした後車まで戻ろうとする100m程の間、物売りの子供たちに出会う。かなり慣れっこになっていたとはいえ、ここでは参った。何と、まだ3歳位の男の子であったからだ。
「何故 何故なの 本当に これで いいの」と、つくづく思う。

   <写真左:プレ・ループ  写真右:プレ・ループから見る大森林地帯>

まだ、夕陽が沈むには早いと思いつつ、PRE・RUP(プレ・ループ)へ。
段差が40〜50pある石段を30段程登ると、すでに20人程の人達が集まっていた。
四方八方遠くまで見渡すことが出来るが、目に映るのは大森林地帯です。
ここは、ジャングルに沈む夕陽を見るのに最高の場所らしい(アンコール・トムの方向)。
でも、残念でした。雲が多くて、少しだけ赤くなった程度でした。

仕方なく車に乗って土産物売り場の民芸品店に寄る。カトちゃんはお土産を購入、ケンちゃん見るだけ。そして、すぐ近くの夕食会場へ。
今日は、アマゾンアンコール・アプサラショー(カンボジアのダンス)を見ながら、バイキング 種類は豊富である。
地元の瓶ビール(4ドル)を二人で2本飲む。ここにも廻りに日本人がい。今日は、よく日本人に出くわすね。
車で帰る途中、昨日行ったスーパーによってからホテルへ。


+ 4日目 5月31日(木)

       

         <写真:アンコール・ワットの朝日>

4:30モーニングコール、5:00出発。朝日を見る為にアンコール・ワットへ。
御濠の橋を渡り、門をくぐった右側の石段に座って待機。真正面に、参道そして三つの塔。今は夏、塔よりも北の空から上がってくるはず。
暗い内に到着し明けるのを待つが、今日も残念でした。朝日の太陽を見ることなく、廻りは明るくなってしまいました。

ここでガイドさんの一言「今、前を通った人達フランス人。カンボジアの人は余りフランス人が好きでない(過去にフランスの植民地時代あり)。だから、ガイドもフランス語をやる人が少ない。逆にフランス語が出来る人は、いい職業に就ける」なるほど。
またまた、車に乗ってホテルへ戻る(6:30前)。

今日の予定は、アンコール・トムの見学が15:30からで(途中11:00から昼食タイム)、午前の3時間と午後の2時間は自由時間である。

ホテルに戻り、まずはホテル1階のレストランで朝食。昨日の朝食と同じであるが、客が極端に少なく我々以外2人だけでした。なぜか寂しい感じである。
カトちゃんケンちゃん、今日の行動を相談する。午前は博物館へ、午後は休憩とすることに、早速準備をしてホテルを出る。

外は暑い。暑いとわかりながら歩いて行くことに、カトちゃんは移動には乗り物を考えていた様子(レンタサイクルとかバイクタクシー)。
歩きたいケンちゃん、何と帽子を忘れる熱中症にかからない様にしなければ。地図らしいものがないが、前の道(国道6号線)を東に歩き、シェムリァップ川の手前を左に曲がって、すぐそばに博物館があるはず。
1時間も歩けば着くだろうと思って行動開始。歩き始めてビックリ。歩いている人なんか誰もいない、地元の人は歩かないらしい。

40〜50分歩いて、交差点の角にあるコンビニで休憩とした。350ccの缶ビールが1ドルもしない、2本買って2ドル払ってお釣りはチップにする。ここで生き返る。
さぁ残り頑張ろうと思いきや、10分少々で博物館へ。

【アンコール国立博物館】 入場料12ドル
 *特ダネ・ギャラリー:千の仏像  「カンボジア仏教反映のギャラリー」
 *ギャラリーA:クメール文明   「クメール帝国の 話の起源」
 *ギャラリーB:宗教と信条    「クメールの信条の反映」
 *ギャラリーC:偉大なクメール王 「偉大な発明者」

 (歴史は クメール帝国を世界の最も偉大な文明の一つにした
 特に注目に値するクメール王が4人いたことを示します)

 《チェンラの二つの王国を西暦802〜850年の間に統一した ジャヤバルマン2世王》
 《西暦889〜900年の間にアンコールを都にした ヤソバルマン1世王》
 《西暦1113〜1150年の間にアンコール・ワットを建設した ソルヤバルマン2世王》
 《西暦1181〜1218年の間にアンコール・トムを建設した ジャヤバルマン7世王》
 *ギャラリーD:アンコール・ワット 「地上の楽園」
 *ギャラリーE:アンコール・トム  「霊の殿堂」
 *ギャラリーF:岩からの話     「過去の証拠」
 *ギャラリーG:古代の衣装     「アプサラの魅力」

  <写真左:アンコール国立博物館  写真右:バイクタクシー>

帰りは、バイクタクシーで博物館からホテルまで4ドル(4〜5q)、さすがに楽ちんです。相場がわからないので4ドルが高いのか安いのか?
ケンちゃんも、歩いて帰ることは考えられませんでした。

11:00昼食へ。タイの鍋料理「タイスキ」を食し、女性の方が給仕してくれて楽ちんだし、料理は美味いしビールも最高。
今回の旅行での食事は、これで終わりますが、全ての料理に満足しています。
ケンちゃん20年ほど前にタイに行った時は、何も食べられず、ビールとバナナでしのいでいた記憶がありますが、今回は食べられないものがなく、選ばれた料理であるのかもしれませんが助かりました。
帰りの車の中でガイドさんに「オールドマーケット」に行きたいと話すと、検討してもらえるとの事になる。

15:10ホテルロビー集合となる(予定では15:30集合)。14:30過ぎにホテルをチャックアウトする。
すると、ガイドさんも運転手さんも早く来てい、15時前の早めの出発となる。

しかしながら、また今日もスコールである。またまた雨の中のお出かけとなる。でも不思議である傘をさしている人を見かけない。
子供たちが雨の中で大騒ぎしているところも見かける。雨の中で車やオートバイを洗っている大人達も見かける。こちらでは雨は恵みの雨なのかもしれないと思ったし感じた。
雨は車を降りる前に、やんでくれました。やっぱり有難いです。

そうそう、カトちゃん、今日は朝から左足を痛がっている。
昨日の、急な階段の上り下りが、きいたかも??

  

    <写真左:アンコール・トム南城門  写真右:南城門菩薩像>

そして、ANGKOR・THOM(アンコール・トム)へ。
アンコール・トムは、東西、南北、約3qの正方形で、御濠(幅113m)と城壁(高さ8m)に囲まれている。
東西南北、それぞれ出入り口があり、南城門・北城門・西城門と 死者の門と言われる。
東城門がある東には、もう一つ勝利の門がある。
(南大門・北門・西門・死者の門・勝利の門と、紹介されている方が多い)
我々は、アンコール・ワットの正面入口の道を北上し南城門から入る。

御濠のかかる橋の欄干には、乳海攪拌をモチーフした姿が描かれている。南城門の高さは25mあり、東西南北に向いた3mの石仏像(菩薩像)の顔が4面ある。そして、何と乗用車程度なら車が通れるようになっている。
南城門の見学が終わると、何とアンコール・トムの中心BAYON(バイヨン)の近くまで車で行ってくれた。
南城門から北の方向へ真直ぐ土の道をいく。廻りの木立の影響か、これから向かうバイヨンは、南城門からは見えない(約1.5qある)。

車を降り、ここバイヨンからの見学は、当然歩きである。

  <写真左:アンコール・トム(1)  写真右:アンコール・トム(2)>

まず、バイヨンをバックに記念撮影をしながら感じる。アンコール・ワットと比べて、華やかさが足りない。
修復が間に合っていないのか、あちこちが崩れていて、崩れた石が集められていて、廃墟かなとも思わせる。
それと、アンコール・ワットと比べて見に来ている人が少ない、半分以下に感じる。
それは、広さの影響かも。または、アンコール・トムはアンコール・ワットより魅力を感じないのかも。それは、それぞれの見方だとは思うけど。
ケンちゃんは思う。「やっぱりアンコール・ワットの方が魅力的だと思う」

バイヨンの壁画を見ながら進む(保存状態が悪いのが多い)が、菩薩像の顔が目を引く。その菩薩像の顔の表情は、一つ一つ違うと思う。

          

          <写真:菩薩像「クメールの微笑み」>

         

   <写真左:バイヨンの菩薩像(1)  写真右:バイヨンの菩薩像(2)>

特に、一番高いところにあった微笑んでいる菩薩像の顔には気品を感じた。その菩薩像の慈愛に満ちた表情は「クメールの微笑み」と呼ばれる。

また、ガイドさんが教えてくれた。
バイヨンには四面体の菩薩像は49体あり、顔は49*4=196個ある。
さらに五つの門に一体ずつの四面体の菩薩像があり、アンコール・トム全体で54体ある。これは、当時の州の数に由来する。
また五つの御濠の橋には、全体で阿修羅像の数も同じく54体ある。

  <写真左:バプーオン  写真右:ピミヤナカス>

バイヨンを見て、バプーオン参道がかなり修復されてきている。ピミヤナカスから、象のテラスへ。
壁画には象の浮き彫りが連ねられ、要所に三つの首のエラワン神像がハスの花を長い鼻でつかむ様子が描かれていることなどから「象のテラス」と呼ばれている。

象のテラスの前の広場で、12個の司法塔(?)が遠目に見える。
鼠・牛・寅・・・・・・(カンボジアでは・・・・・・・である)違いは三カ所。
生まれた干支の塔に入って中にいる鳥などの裁判を受ける。入ったら絶えることが出来ないので入る前に真実を白状するとのこと。

  <写真左:象のテラス  写真右:12個の司法塔>

その広場まで車が迎えに来てくれていたので、車に乗って戻る。
アンコール・トムを出る角の広場に、カンボジアの象徴である「象」を見る。
こちらに来て牛や馬や猿、もちろん犬も猫も鶏も見たが象は初めてであった。それも、広場の一角に観光用として3頭程いる。日本では、到底お目に掛からない光景である。

そして、車中での話題。まだまだ貧しい国なので、中々車は持てない。持てるのは官僚さんらしい、賄賂が平気で横行しているとのこと。
そういえば昨日のことだったか、どこかの寺院を見学している時に、警察の方が「このバッチ 買わないか?」と、胸のあたりを指して、売り込みをしているところを見てしまった。
ガイドさんいわく「当然、偽物のバッチではあるが、いい商売になるらしい」「警察の人達も、まだまだ賄賂の世界であり、取り締まりも賄賂が効くらしい」「警察の方は、車を持っている人も多いらしい」と教えてくれた。

車で移動して、アンコール・ワットの正面入口の前の道路を通過したので、これがアンコール・ワットの見納めだなと思った。写真を何枚か撮っておいた。
そして、2010年モンデセレクション銀賞受賞のアンコールクッキー、マダムサチコが贈る商品、自然の美味しさを大切にした手づくり商品で有名になった。
そのアンコールクッキーの店に寄ったので、お土産に一番小さなクッキーを4個購入する。
(1個6ドル 4個で24ドル)

          

          <写真:クッキー>

アンコールクッキーの店は、アンコール国立博物館の北(ジャヤバルマン7世病院の南)の道路の反対側にある。
クッキー店から、オールドマーケットへ。シェムリァップ川沿いに南下すること約1qにあり、シェムリァップ最大の市場である。このあたりが、一番賑やかで中心地である。
この周辺が、何をやるにも一番楽しいエリア。

車を降り店の前に来た途端、店の人達が日本語で話しかけてくる、それはそれは流暢な日本語である。
ガイドさんいわく「カンボジアの人は、この市場で品物を買って、それぞれの観光地で高く売っている」
こんな事、教えてくれて、いいのかな??
とりあえず、カトちゃんとケンちゃん、二人で市場の中を廻って見ることに、何か独特な感覚を覚えるところである。
誰もかも、元気がある。活気がある。
そういえば、カンボジアの人達は真面目で頑張りやさんが多いなと思う。
ケンちゃん65ドルでワニのベルトを購入。カトちゃんここでは何も買わず。

ガイドさんは、この近くに住んでいるとのこと。
ガイドさんから「今度カンボジアに来たら、この近くのホテルに泊まって下さい」と言われる。
車に乗ってシェムリアップ空港へ。
ガイドさんと運転手さんに、昨日10ドル今日10ドルずつのチップをあげる。ちょっとばかり気張ってしまったチップではありますが・・・。
一昨日の夜、ここシェムリアップ空港から、今まで何かと面倒を掛けました。勝手な行動が多かったように思います。
「お世話になりました 本当に有難う御座いました」

空港に18時半頃着き少し休んだ後、入口を入り航空会社カウンターで航空券に引き換え手荷物検査を受け(無事通過) 出国手続き待合室へ。
待合室の隅っこで、汗をかいた物を脱ぎ、着替える。
時間が、たっぷりあるので、ゆっくり座って、ゆっくり飲む。
ケンちゃんずっと座って待つ。カトちゃん座ったと思ったら、土産物売り場をいったりきたり。
予定通り、21:30発の30分前に搭乗開始。一旦外に出て、タラップで飛行機に乗り込む。カッコいいね。


+ 5日目 6月1日(金)

ホーチミン空港で30〜40分待たされ、一路、成田国際空港へ。
8:15の予定時刻より少し早く8時前に成田着。二人とも預けているものは無く一番先に出る。
両替所で持ち帰った残金100ドルを円に(レート75.94円 7,594円也を受け取る)両替する。
この旅行で使ったお金、全部で18万円也(ケンちゃん)。
カトちゃんはバス乗り場へ。ケンちゃんは電車乗り場へ。
長い間お疲れ様でした。


*2012年5月30日*

 

 映画のワンシーン
  「タ・プロム」


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